ふと書店で見かけて、ポップか何かに書かれていた「頑張る女性たちへ」というワードが気になって手に取った「さいはての彼女」。
爽やかな風が吹くようなすっきりとした読了感の本書は、確かに頑張っている女性にぜひ読んでいただきたい一冊でした。
「さいはての彼女」あらすじ
「さいはての彼女」は4つの物語で構成された短編集です。
さいはての彼女
若手起業家の鈴木涼香。
仕事に打ち込み会社は大きく成長したものの、結婚とはほど遠い生活に。
周りに当たり散らした生活をするうちに、絶大な信頼を寄せていた高見沢が退職することに。
高見沢に任せた最後の仕事は沖縄バカンスの飛行機やホテルの手配でしたが、旅行当日に発覚した行先は、なんと北海道の女満別。
いつもレンタカーはBMWだったのに、北海道に到着して待っていたのはオンボロの軽自動車。
踏んだり蹴ったりな状況に途方にくれた鈴木涼香の前に現れたのは、ハーレーに乗った女性、ナギでした。
旅をあきらめた友と、その母への手紙
波口喜美(ハグ)は都内の大手広告代理店に勤めており、順風満帆な人生を送っていました。
ところが、「おれは君の成功のアイテムじゃないから」と告げて、当時付き合っていた彼はハグのもとを去ってしまいます。
その失恋をきっかけに仕事もうまくいかなくなり、信用も失い、退職せざるを得ない状況に。
その時点でハグは35歳。
再就職しようにもうまくいかず、気づいたときには何もかも終わっていた―――。
そんなときに何気なく着信したメール。
それは大学時代の親友、ナガラからのメールでした。
”一緒に行こう。旅に出よう。
人生を、もっと足掻こう。”
冬空のクレーン
陣野志保は大手都市開発の課長的ポストに抜擢されていました。
年収も同じ年ごろの女性よりはずいぶんと多くもらっているし、肩書が書かれた名刺は、自慢げに何度差し出したことか。
そんな順風満帆だった陣野のキャリアに影を落とす事件が発生したのは、つい最近のことです。
3か月前に入社した優秀な社員、横川忠志が、チーム内のちょっとした案件を外部に漏らしていたことが発覚したのです。
横川のエリートっぽさが正直鼻についていたところもあり、陣野はそのことを部内のメンバーが集まっている中で、必要以上の強い言葉で強く叱責しました。
叱責を受けた横川はストレスによる体調不良を理由に2週間出社せず、ついには「訴える」とまで言ってしまいました。
社長に直々に咎められた陣野は、自分に非がないと訴えますが、重要な開発の完成をまえに会社は火種を消すことに必死です。
「横川に謝罪を」を。
そう促す会社に対し、陣野は籠城することを決意しました。
しかし休職を決めたものの、数日後には不安に押しつぶされそうになってしまいます。
会社の状況を知りたくて後輩に電話をしてみれば、自分がいなくなれば立ちゆかなくなるだろうと思っていた仕事はまったくそんなこともなく、円滑に進んでいたのでした。
こんな時に相談する相手もいないことを思い知らされ、陣野はせめてもの現実逃避にと、北海道へと旅立ちます。
そこで出会ったのは美しいタンチョウヅルと、タンチョウヅルの保護をする天羽という男性でした。
風を止めないで
もうすぐ23歳になる娘、ナギは5月、8月、10月と年に3回ひとりでツーリングに出かけます。
今日もツーリングに向かうナギを送り出したばかりの道代は、複雑な心境でそわそわと娘の帰還を待ちわびます。
そんな中、白髪交じりの見知らぬ中年男性が家の様子をうかがっていました。
「すみません。佐々木ナギさんのお宅は、こちらでしょうか」
知らない人が家を訪ねてくるときは、たいてい旅先でナギが知り合った人たちのお礼の訪問です。
ですが、その中年男性はどうやらナギにお願いごとがあるようでした。
男性は桐生陽一という名前で、大手広告代理店のそこそこのポジションに就いているようでした。
内容をうかがってみると「ナギさんをハーレーダビッドソンのキャンペーンガールに起用したい」とのこと。
娘を見せ物にはしたくない。
その思いで、一度は断りを入れるものの、桐生陽一に亡き夫の面影を見つけてしまい、家を後にしようとする陽一に思わず声をかけてしまうのでした。
「さいはての彼女」はこんな人におすすめ
- 仕事や家事・育児に明け暮れてお疲れ気味の女性
- 最近うまくいかなくて落ち込んでいる人
- 気分転換がしたい人
- 短編で気軽に読書を楽しみたい人
「さいはての彼女」おすすめポイント
短編集なので、あまり本を読まない人でも気軽に読みやすい本です。
また、どのストーリーも後味良く終わるものばかりなので、気分が落ち込んだりすることもありません。
4つの物語のうち、3つは主人公が旅に出ますが、その自然描写がとても美しいです。
とくに、「旅をあきらめた友と、その母への手紙」では、親友ナガラとの旅行シーンや、ハグが一人旅をするシーンがあるのですが、旅行の風景がありありと浮かんできて、自分もその場所にいるかのような気分になります。
もちろんほかのお話も。
雨に濡れた木々、雪景色に羽を広げるタンチョウヅル…
バイクにまたがって走るその様子は、まるで自分にも心地よい風が吹いているような気持ちになります。
読み終えると、自分も旅に出たくなってしまいます!
「さいはての彼女」読後レビュー
キャリアを積んで築いたものと崩れていくもの
最後のナギのお母さんのストーリーを除いて、「仕事に重きを置いて20代を過ごした女性」が主人公です。
物語に出てきたとき、彼女たちの年齢は30代半ば。
20代から仕事に人生を費やし、そして築いてきたキャリアが何かをきっかけに一気に崩れてしまう。
正直、それぞれの物語に出てくる主人公には傲慢さが目立つ部分があります。
でもそれは、これまでの仕事によって詰んだ経験から来る自信と、それを奪われたくない恐れから来ているものだと感じました。
そしてその気持ちは、私も良くわかるのです。
傲慢になっているつもりはないけれど、これまで仕事を頑張ってきて、それが評価されたからこそ今の肩書きがある。
それを誰にも否定されたくはないし、これからも守っていきたいんです。
でも、ほんの些細なことをきっかけに築いてきたものが一気に崩れてしまうんですよね。
その時に、仕事以外の場所に自分の存在意義があるかないか。
人生をご機嫌に生きていくにあたり、結構重要なポイントだと感じました。
崩れたものの代わりに得られたもの
主人公たちは失ったものの代わりに、様々な出会いの中でこれまでとは違った価値観を得ていきます。
新しい人との出会い、会話の中で発せられた思いがけない一言、大自然との触れ合い、色々な経験を通して、今まで築いてきたこと、人間関係が人生がの全てではないと気づいていきます。
そして、物語を読み終える頃には、主人公の心にかかっていた雲が晴れて、光が差し込むよう。
起こった結果は変わらない。
でも、主人公の女性たちがどこかキラキラと輝き始めるような、そんな情景が目に浮かんで、自分も元気をもらえるのです。
女性だからこそ、感情移入できる
特に、30代〜40代の女性の働き盛りの女性は「わかるな〜〜〜〜」と思えるフレーズが多いのではないでしょうか。
若い方や男性が読んでももちろん楽しめるとは思いますが、物語と同じ年代の女性は特に物語の主人公の気持ちに入り込めるはずです。
だからこそ、主人公の女性たちが抱えた心の傷は、少し自分にもチクチクと刺さってしまうわけですが、最後には元気をもらえるのです。
凝り固まった考え方をほぐしてくれるような、そんな小説です。
まとめ
ぜひ、仕事に育児に毎日を忙しくしている女性のみなさまに読んで欲しい作品です。
読み終えたあとのなんとも言えない清々しさは、読んでみないと分かりません。
「しんどいこともあるけれど、何とかなる。」そんな気持ちにさせてくれる一冊でした。
ここ数年、私も仕事と育児に追われて本を読むことから遠ざかっていました。
でも、忙しいからこそあえて読書の時間を作ることで気持ちの整理がついたり、いい気分転換になっています。
「読書を再開してみようかな」「読書をはじめてみようかな」そんな気持ちになった貴女に、最初の一冊としておすすめしたい本でした。
本の中で主人公たちと、ぜひ爽やかな風を駆け抜けてみてくださいね。